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更衣室にシャワーもトイレもなく、支給された練習着は長ズボンが一着だけ。ピッチもお世辞にも整っているとは言えない——原口元気選手が、ベールスホットでの練習環境についてインタビューで語った言葉です。日本代表として74試合に出場し、ブンデスリーガでも長く戦ってきた選手が、あらためてそうした環境に身を置いていること自体、少し不思議な感じもします。

原口選手は埼玉県熊谷市の出身です。浦和レッズの下部組織からトップチームに昇格し、17歳11か月でJ1初得点を記録した早熟のタレントでした。2014年にヘルタ・ベルリンへ移籍してからは、デュッセルドルフ、ハノーファー、ウニオン・ベルリン、シュトゥットガルトと、ドイツのピッチに立ち続けています。2018年のロシア・ワールドカップにも出場しました。2024年に浦和へ復帰したのち、2026年7月、ベルギー2部のK.ベールスホットV.A.への完全移籍を決断します。

きっかけの一つは、同年6月のFIFAクラブワールドカップだったと本人は振り返っています。世界のクラブと対峙するなかで、「早く世界に戻りたい」という思いが強まったといいます。34歳という年齢を考えれば、慎重になってもおかしくない決断です。それでも本人は「価値があるうちに戻らないと」と語り、この移籍を、選手としての持ち時間を意識したうえでの選択として説明しています。引退後は欧州で指導者としてのキャリアを積みたいという考えも持っているようです。

サイドアタッカーから、ボランチへ

浦和時代はサイドアタッカーとして名を上げた原口選手ですが、ドイツでの終盤からは中盤の底、いわゆるボランチを主戦場とするようになりました。ベールスホットでも同じ位置を任されているようです。攻め上がる若い選手たちの背後でゲームを整える役回りは、キャリアを重ねてきた選手だからこそ務まる仕事なのだろうと思います。

新オーナーが日本企業に代わったばかりのタイミングでもあり、原口選手自身も「自分がしっかりここで爪痕を残すことが最優先」と話しています。将来的には、シント=トロイデンのように、日本人選手にとっての欧州への窓口となるクラブになる可能性にも期待を寄せているようです。冒頭で触れた練習環境についても、「1周回って、今だから受け入れられる」と、達観した様子で受け止めていました。この言葉に、ここまでのキャリアで積み上げてきたものの厚みが、少しだけ透けて見える気がします。

出典:サッカーダイジェストWeb、チバテレ+プラス、Wikipedia日本語版、K.ベールスホットV.A.公式サイト。2026年9月時点の情報です。