試合前、スタジアムの大型ビジョンに両チームの監督の顔が映ります。名前の横に添えられた小さな国籍表示を見て、「この人はどこから来たのだろう」と思ったことはないでしょうか。ベルギーのベンチには、オーストリア人もいれば、クロアチア人も、デンマーク人もいます。そしてときどき、日本人の名前が、ユースの組織図の中に見つかったりもします。
だから今回は、ベルギーの「監督市場」が外の人にどれくらい開かれているのかを、実際にベンチに座った人たちの足跡から辿ってみたいと思います。協会の資格制度そのものは別の記事に譲り、ここではあくまで「受け入れの実態」に目を向けます。
外から来た指揮官が、この国の歴史をつくってきました
ベルギーのクラブが欧州で名を上げた場面を思い返すと、ベンチにいたのは外国籍の監督であることが少なくありません。1970年代のクラブ・ブルッヘを率いて3季連続のリーグ優勝(1975-76〜1977-78)を果たし、1978年のチャンピオンズカップ決勝まで導いたのは、オーストリア人のエルンスト・ハッペル氏でした。1988年にKVメヘレンをカップウィナーズカップ優勝に導き、翌季のリーグ制覇、さらにアンデルレヒトでも優勝を重ねたのは、オランダ人のアート・デ・モス氏です。
近年も流れは途切れていません。2016-17にアンデルレヒトを就任1季目で優勝させたスイス人のレネ・ヴァイラー氏、2022-23にアントワープを1957年以来となるリーグ優勝と国内2冠に導いたオランダ人のマルク・ファン・ボメル氏、2023-24にユニオン・サン=ジロワーズへ約110年ぶりの国内カップをもたらしたドイツ人のアレクサンダー・ブレッシン氏。そして2025-26、シーズン途中にクラブ・ブルッヘへ戻ったクロアチア人のイヴァン・レコ氏が、2017-18に続く2度目のリーグ優勝を手にしました。国籍で門を閉ざす発想は、このリーグにはあまりないのだと感じます。
それでも2024年、「ベルギー人監督は4人だけ」になりました
ただし、開かれていることと、居心地がよいことは、少し別の話かもしれません。公共放送スポルツァによれば、2024年にはトップリーグに残るベルギー人監督がわずか4人という「歴史的な底」を打ちました。外国人監督が多数派になりすぎたことへの戸惑いが、この国の中にもあったようです。
そうすると揺り戻しが起こります。2025-26シーズンの開幕時点では、16クラブのうち9クラブがベルギー人監督で始まりました。きっかけとして名前が挙がるのが、2024-25にクラブ・ブルッヘを優勝させたニッキー・ハイエン氏で、「彼の効果は小さくない」という同業者の言葉が記事に残っています。監督市場の「開き具合」は、固定された制度というより、その時々の成功体験で振り子のように動くものなのではないかと思います。
ベンチは開いていても、椅子はとても熱いです
もうひとつ、ベルギーの監督市場を語るときに外せないのが、入れ替わりの速さです。2025年の年初に指揮を執っていた監督のうち、昇格組の2クラブを除く全員が年内に去った、と報じられました。2025-26だけでも、ゲント、スタンダール、アントワープ、ヘンク、アンデルレヒト、セルクル・ブルッヘなど多くのクラブで監督交代があり、外国籍の指揮官もベルギー人の指揮官も、同じように席を立っています。
2026-27の開幕にあたっても、アンデルレヒトにポルトガル人のヴィトール・ブルーノ氏、ヘンクにデンマーク人のイェス・トルップ氏、アントワープにドイツ人のマルヴィン・コンパー氏が迎えられました。代表チームに目を移せば、スペイン人のロベルト・マルティネス氏、イタリア生まれのドメニコ・テデスコ氏、フランス人のルディ・ガルシア氏と外国籍の指揮官が続き、2026年7月からはファン・ボメル氏が指揮を執っています。「外から来る人」が特別な存在ではない、という空気は、代表にまで及んでいるように見えます。
では、日本人が働ける道はあるのでしょうか
制度の面で言えば、UEFAのコーチング・コンベンションによって、加盟協会が発行したライセンスは互いに認められる仕組みになっています。だから、たとえば別の国で取ったUEFAのライセンスを持って、ベルギーのクラブで働くこと自体は、道として閉じていません。一方で、ベルギーの指導者講習はオランダ語圏とフランス語圏で別々の組織が運営しており、言葉の壁は資格の壁より高いのではないか、というのが私の感覚です。
実例もあります。2018年にイングランドサッカー協会でUEFA Proライセンスを取得した高野剛氏は、2021年から、日本企業DMM.comが2017年に完全買収したシント=トロイデンVVで、フットボール戦略・育成の責任者を務め、公開情報では2023年以降ユース部門のマネージング・ディレクターと第2チームの監督を兼ねてきたとされています。トップチームの監督ではありませんが、外国で取った資格を携えて、ベルギーのプロクラブの中枢に入った日本人がいる、という事実は、この国の門の開き方をよく表しているように思います。
結局、問われているのは国籍ではないのかもしれません
こうして並べてみると、ベルギーの監督市場は、外国人に対してとても開かれている一方で、誰に対しても等しく厳しい場所なのだと感じます。国籍で選ばれるのではなく、勝てるかどうか、そして「この国のリーグを知っているかどうか」で選ばれる。2025年の揺り戻しも、外国人排除というより、「隣で見ていた人のほうが、このリーグの癖を知っている」という実感の表れだったのではないでしょうか。
大型ビジョンに映る監督の顔を、次の試合では少しだけ長く見てみたいと思います。その人がどこから来たのかよりも、どんな道を通ってこのベンチにたどり着いたのか。そこにこそ、ベルギーという交差点の面白さがあるのではないかと、私は思っています。