11月の平日、夜7時。スタジアムへ向かう道で、傘を差すほどではない細かい雨が、街灯の光の中をずっと舞っています。ベルギーでは、こういう夜に試合が行われることが珍しくありません。そしてキックオフ直後、最初のグラウンダーのパスが思ったより速く滑っていくのを見るたびに、私はいつも同じことを考えます。この空は、ピッチの上のサッカーをどこまで変えているのだろう、と。
数字で見る、ベルギーの空
まず、実際の数字を見てみたいと思います。ベルギー王立気象研究所(KMI/IRM)が基準にしているブリュッセル・ユクル観測所の平年値(1991〜2020年)では、年間降水量は約837ミリ。東京の約1,598ミリと比べると、量としては半分ほどです。ところが、雨や雪が観測された日は年間およそ190日にのぼります(0.1ミリ以上の日。1ミリ以上に絞っても130日前後)。つまり、どしゃ降りは少ないけれど、細かい雨がしょっちゅう降っている、ということになります。年間の日照時間も約1,600時間と、東京(約1,927時間)より短めです。
気温は、1月の平均が3.7℃、7月でも18.7℃ほど。北海の影響で冬は極端に冷え込まず、夏も暑くなりにくい、典型的な海洋性気候です。海岸沿いでは平均風速が時速20〜25キロ前後になる月も多く、西からの風がなかなかやみません。
濡れたピッチで、ボールはどう転がるのか
では、こうした空の下でボールはどう振る舞うのでしょうか。小雨で表面が濡れた芝の上では、ボールは速く、低く滑ります。パスは弱めでも届き、ゴール前へのグラウンダーのクロスは受け手の足元へ鋭く入ってきます。逆に雨が長く続いて土まで重くなると、ボールは止まり、選手の足も重くなります。そうすると、細かく繋ぐより、前に蹴って競り合う方が理にかなってきます。風が強ければ、浮き球のロングパスは信用しにくくなり、早めのクロスや近い距離での競り合いが増えていきます。
これを裏づける研究もあります。UEFAチャンピオンズリーグ583試合を対象にした2024年の分析では、気温が高いほどカウンターアタックやドリブルの成功が減り、風が強いほどゴールエリア内からのシュートが増える傾向が示されました。要するに、涼しく風のある環境ほど、走り合いと接近戦が起きやすい、という方向性です。
「球際が激しい」と言われる理由の、ひとつとして
ベルギーリーグについて日本で語られるとき、「フィジカル」「デュエル」「強度」という言葉がよく並びます。今夏シント=トロイデンに加入した石渡ネルソン選手も、9月のインタビューで「プレー強度やデュエルもJリーグでは自信があったんです。それが欧州に来たら1個、2個ぐらいレベルが違ってました」と話していました(サッカーダイジェストWeb、2026年9月4日)。
年間190日の雨と、年末年始に3週間ほどの中断を挟むだけで1月・2月も続くリーグ戦。滑るボール、重くなる足、冷たい風。そういう環境で毎週試合をしていれば、身体をぶつけて奪い切る、前に蹴って競り勝つという習慣が、自然と染みついていくのではないか。私はそう感じています。
ただ、気候だけでは説明できません
ここで一度立ち止まりたいのですが、「雨が多いから激しい」と言い切ってしまうのは、少し乱暴だとも思っています。隣のオランダは同じような空の下で、パスを繋ぐサッカーを長く追求してきました。ベルギーの激しさには、19世紀に英国からサッカーが伝わって以来の歴史、若い選手を鍛えて欧州のビッグクラブへ送り出す「ステップアップリーグ」としての性格、指導者それぞれの哲学など、いくつもの理由が重なっています。
それに、ピッチそのものも変わりました。排水設備やハイブリッド芝が整った現代のスタジアムでは、かつての泥沼のような状態は珍しくなっています。KMIによれば、ブリュッセルで霜が降りる日は1961〜1990年と比べて約13日減っており、冬そのものも少しずつ穏やかになっています。気候は、いくつもある要因のうちの一つ。それも、時代とともに変わっていく要因なのだと思います。
それでも、雨の夜の試合を見るときに
それでも私は、あの細かい雨の中でキックオフを迎えるたびに、この空が選手たちの身体の使い方をどこかで形づくっているように感じてしまいます。速く滑るボールに合わせて一歩早く寄せる守備、浮き球より低いクロスを選ぶ判断、寒さの中でも止まらない走り。それらは戦術の言葉で説明できるものですが、同時に、この土地の空とずっと付き合ってきた人たちの身のこなしでもあるような気がするのです。
次にベルギーの試合を見るとき、もしピッチが黒く濡れていたら、ボールの転がり方を少しだけ気にして見てみてください。「激しい」の一言で片づけられがちなこのリーグの球際に、空の色が少し混ざって見えてくるのではないかと思っています。