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10月の終わり、平日の夜。ベルギーのプロクラブが、名前を聞いたことのない小さな町のグラウンドへ出かけていきます。相手は週末に仕事を持つ選手たちのアマチュアクラブ。そんな試合が、毎年この時期にまとめて組まれます。

日本で天皇杯を見てきた私たちには、少し見覚えのある光景かもしれません。ただ、ベルギーのこのカップ戦を「天皇杯のようなもの」と言い切ってしまってよいのか。今回は、その名前の由来から現在の形式、そして強豪クラブがどれくらい本気で臨んでいるのかまでを、天皇杯と並べながら一緒にたどってみたいと思います。

「クロッキー」はポテトチップスの名前

大会の正式な呼び名は、フランス語で「クープ・ド・ベルジック(Coupe de Belgique)」、オランダ語で「ベーケル・ファン・ベルヒエ(Beker van België)」。日本語にすればどちらも「ベルギー杯」です。現在の「クロッキー・カップ(Croky Cup)」という通称は、2015-16シーズンから冠スポンサーになっているポテトチップスのブランド名から来ています。それ以前にも「コカ・コーラ・カップ」「コフィディス・カップ」と、スポンサーとともに名前が変わってきた歴史があります。

歴史そのものは古く、1907-08シーズンに州選抜同士の大会として始まり、クラブ同士の大会になったのは1912年。ただし、この後が天皇杯と大きく違うところです。第一次世界大戦で途絶え、戦間期には数回しか開かれず、戦後も一度は打ち切られ——毎年きちんと開催されるようになったのは、1963-64シーズンからでした。きっかけは、各国のカップ戦王者が集う欧州カップウィナーズカップの創設だったと伝えられています。「ヨーロッパへの出口」ができて初めて、この大会は定着した。そう考えると、後で触れる「本気度」の話にも、少しつながってくる気がします。

ちなみに1921年に第1回が開かれ、戦時中の中断はあったものの100回を超えて続いてきた天皇杯と比べると、2025-26シーズンのクロッキー・カップは第71回。数字の上では、天皇杯のほうがずっと「先輩」ということになります。

301チーム、7月から5月まで

現在の形式を見ておきます。2025-26シーズンは301チームが参加し、7月に州リーグのクラブから始まりました。2部(チャレンジャー・プロリーグ)のクラブは9月の6回戦から、1部(プロリーグ)の16クラブは10月下旬の7回戦、つまり32チームが残った段階から登場します。ここでは1部クラブ同士が当たらないように組み合わせが調整され、勝ち残っていたアマチュアクラブにはホーム開催の権利が与えられます。冒頭の「小さな町のグラウンド」は、ここから生まれる光景です。

試合は一発勝負で、序盤の3回戦までは引き分けなら即PK戦、4回戦以降は延長戦を挟みます。準決勝だけはホーム&アウェーの2試合制。決勝は5月、ブリュッセルのボードゥアン国王スタジアムで行われます。

天皇杯は、J1・J2の全クラブにアマチュアシード1チームと47都道府県代表を加えた88チーム。5月に始まり、決勝は長く元日の風物詩でしたが、近年は秋から年末にかけて行われることが多くなっています。規模の違いはあっても、「県予選を勝ち上がった無名のチームがプロに挑む」という骨格は、驚くほど似ているのではないかと思います。

強豪は、どれくらい本気なのか

では、クラブブルージュやアンデルレヒトのような強豪は、この大会をどう扱っているのでしょうか。答えは、決勝の顔ぶれが物語っているように思います。

2025年5月の決勝は、クラブブルージュ対アンデルレヒト。ブルージュが2-1で勝ち、通算12回目の優勝で歴代最多記録を伸ばしました。観客は4万人を超え、ブルージュにとっては2015年以来のカップ制覇、アンデルレヒトにとっては2017年以来タイトルから遠ざかる中での決勝でした。翌2026年5月の決勝はユニオン・サン=ジロワーズ対アンデルレヒトという、史上初めてブリュッセルのクラブ同士で争われた一戦で、延長の末にユニオンが3-1で勝っています。ちなみに2024年の決勝では、そのユニオンがアントワープを1-0で下し、決勝点を挙げたのは日本代表の町田浩樹選手でした。

本気度を支えているのは、優勝クラブに翌シーズンのUEFAヨーロッパリーグ(予選のプレーオフラウンドから)の出場権が与えられる点です。リーグで上位大会の出場権を確保しているクラブが優勝した場合は、その枠が繰り下がる形になると理解しています。ベルギーではリーグ戦の上位争いが例年数クラブに絞られるので、それ以外のクラブにとってカップ戦は、ヨーロッパへの「もう一本の道」になっている。だから準決勝が2試合制で、しかもリーグ戦の佳境に近い2月に組まれていても、手を抜くクラブはほとんど見当たらないのではないかと感じています。

毎年開催されるようになったきっかけが「ヨーロッパへの出口」だったこの大会は、今もヨーロッパへの切符と結びついて、その重みを保っている。

ジャイアントキリングは、起きるのか

天皇杯といえば、2017年に筑波大学がJ1のベガルタ仙台を3-2で破った試合(2得点は当時大学生だった三笘薫選手でした)や、2022年にJ2で下位に沈んでいたヴァンフォーレ甲府が優勝し、翌年のアジアの舞台に立った出来事が思い浮かびます。では、ベルギーにもそういう文化はあるのでしょうか。

私の見るところ、「ある。ただし、少し静かに」というのが正直な答えです。序盤のラウンドでは番狂わせが珍しくなく、2025年9月にはアマチュアのベリシア・ビルゼンが2部のロケレンをPK戦で退けています。一方で、1部クラブが登場する32チームの段階まで来ると、彼らが負ける場面はぐっと減ります。2025-26シーズンにこの段階で敗れた1部クラブはウェステルローの1チームだけで、相手も2部のベールスホット(3-2)でした。前のシーズンには、同じく2部のパトロ・アイスデンがシャルルロワを4-1で下しています。「プロ対アマ」の対戦カードは毎年組まれるのに、アマチュア側がそれを覆すのは、かなり難しい。1部クラブの登場が遅く、しかも同士討ちを避けるように組み合わせが調整される仕組みは、大番狂わせを起こしにくくする方向に働いているのかもしれません。

それでも、忘れられない例外があります。2019年、当時2部にいたKVメヘレンが決勝でヘントを2-1で破り、カップを掲げました。2部のクラブが優勝したのは、この大会の長い歴史の中でもごくわずかな出来事です。ただ、この年のメヘレンは八百長をめぐる処分を受け、優勝で得たはずのヨーロッパの出場権は失われ、その枠はスタンダール・リエージュに回りました。甲府の物語がまっすぐアジアへつながったのに対して、メヘレンの物語は、栄光と影が同じ年に重なってしまった。この対比は、両国のカップ戦の違いを考えるうえで、なかなか象徴的だと感じています。

同じ「一発勝負」の、違う顔

並べてみて感じるのは、どちらも「一発勝負で頂点まで行ける道」であり、その先にアジアやヨーロッパの舞台が待っている、という構造は共通しているということです。そのうえで、天皇杯には元日決勝の記憶とアマチュアの躍進が積み重なった「物語の大会」という側面が強く、クロッキー・カップにはヨーロッパへの切符をめぐる「実利の大会」という側面が少し強いのではないか。私はそんなふうに受け止めています。

もしベルギーの秋に、平日の夜のカップ戦を観に行く機会があれば、スタンドの雰囲気を天皇杯と比べてみるのも面白いのではないでしょうか。小さなグラウンドで、プロの選手たちが少し窮屈そうにアップをしている光景の中に、この国のサッカーの「本気」と「日常」の両方が見えてくるように思っています。

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【出典メモ】事実関係は以下の公開情報で確認(2026-09-05):Wikipedia英語版「Belgian Cup」(1907-08州選抜大会、1912年クラブ大会化、1963-64からの毎年開催とカップウィナーズカップとの関係、スポンサー名の変遷、優勝回数ブルージュ12/アンデルレヒト9/スタンダール8、2部クラブ優勝の希少性)、同「2025–26 Belgian Cup」(301チーム、11ラウンド、各カテゴリーの参入ラウンド、PK/延長の規定、7回戦のアマチュア側ホーム開催、第71回)、同「2025 Belgian Cup final」「2026 Belgian Cup final」「2024 Belgian Cup final」「2019 Belgian Cup final」(各決勝のスコア・日付・会場・観客数・欧州出場権・メヘレンの処分とスタンダールへの枠移動)、Pro League公式サイト(2025-26日程:1部参入10月下旬、準決勝2試合制2月、決勝5月14日)、Sporza(2025-10-30 ベールスホット3-2ウェステルロー)、Voetbalkrant(2025-09-07 ベリシア・ビルゼン対ロケレンPK戦)、Yahoo Sports/OneFootball(2024-10-29 パトロ・アイスデン4-1シャルルロワ)。天皇杯はJFA公式サイトおよびWikipedia日本語版(1921年第1回、88チーム構成、元日決勝1968〜2013年、ACL2出場権)、サッカーダイジェスト/サッカーキング(2017年筑波大3-2仙台)、Sportiva/スポーツナビ(2022年甲府優勝)で確認。「クロッキー」のブランド名は2015-16シーズンからで、資料により「2016年〜」と表記されるものもあります。ユニオンSGの通算優勝回数は資料間で食い違いがあったため本文では触れていません。欧州出場枠の「繰り下がり」の詳細は当該シーズンのUEFA規定で公開前に再確認をお願いします。