ベルギーの試合の順位表を初めて開いたとき、リーグ名の先頭に見慣れない言葉が付いていることに気づいた方は多いのではないでしょうか。「Jupiler Pro League」。プレミアリーグやブンデスリーガのような「国の名前」でも「言葉の意味」でもなく、読み方すら少し迷う固有名詞です。私も最初は、これは何かの略語だろうかと思いながら眺めていました。
調べてみると、ジュピラー(Jupiler)というのはビールの銘柄でした。そうすると次の疑問が出てきます。なぜビールの名前が、国のトップリーグの正式名称にまで入り込んでいるのでしょうか。今回はその経緯を、一緒にたどってみたいと思います。
ジュピラーとは、どんなビールなのか
ジュピラーは、リエージュ近郊のジュピル(Jupille)という町で生まれたピルスナータイプのビールです。銘柄名はこの町の名前に由来しています。もとになったピエブフ(Piedboeuf)醸造所の歴史は1853年までさかのぼるそうで、現在私たちが知っている「ジュピラー」という銘柄そのものは1966年に登場したとされています。現在は世界最大のビール会社であるAB InBevの傘下にあり、醸造も今なおジュピルで続いているとのことです。
ベルギーと聞くと修道院ビールや個性的なクラフトビールを思い浮かべる方も多いと思いますが、日常的に一番多く飲まれているのは、実はこの何の変哲もないピルスナーのほうだと言われています。国内で最も売れているビールとされ、資料によっては数量ベースで4割前後のシェアを持つとも紹介されています。数字の細部は年によって変わるので断定は避けますが、「スーパーで、カフェで、スタジアムで、いちばん当たり前に出てくる一杯」という位置づけだと考えてよさそうです。
いつからリーグ名になったのか
ここが少し込み入っています。オランダ語版の資料によると、ジュピラーが1部リーグのメインスポンサーになったのは1993-94シーズンの前で、それまでのスポンサーはフランスの自動車メーカー、プジョーだったそうです。ただ、スポンサーになった時点ですぐにリーグ名が変わったわけではなく、「ジュピラー・リーガ(Jupiler Liga)」という呼び名が正式に使われ始めたのは1998-99シーズンから、英語表記の「ジュピラー・リーグ」に変わったのが2001年、そして2008年8月にリーグ運営団体がプロリーガからプロ・リーグへ名称変更したのに合わせて、現在の「ジュピラー・プロ・リーグ」になった、という流れのようです。
英語の資料には「1993年から2008年までジュピラー・リーグ」とまとめられているものもあり、呼び名が定着していった時期については資料ごとに少し幅があります。ですから私は、「1990年代前半にスポンサーになり、30年以上その関係が続いている」という理解にとどめておくのが誠実ではないかと思っています。AB InBev自身も、ジュピラー・プロ・リーグのスポンサーを「30年以上」続けていると説明しています。
ちなみに2008年の改名には、もうひとつ事情があったようです。オランダの2部リーグも2006年から「ジュピラー・リーグ」を名乗っていたため、「プロ」を挟むことで隣国のリーグと区別しやすくなった、という説明が資料にはありました。同じビールが、国境をまたいで2つのリーグの名前になっていたわけです。
スポンサーというより「試合の一部」
それにしても、なぜビール会社がここまでの存在感を持てるのでしょうか。私が資料を読んでいて納得したのは、ジュピラーがリーグの「看板」であると同時に、スタジアムの「中身」でもあるという点でした。2017-18シーズンの調査では、1部の16クラブのうち10クラブのスタジアムでジュピラーが提供されていたそうです。試合前にクラブのカフェで一杯、ハーフタイムに紙コップでもう一杯——その一杯がリーグ名と同じ銘柄だという状況は、看板とグラウンドが地続きになっているようなものだと感じます。
だから、ジュピラーはリーグだけでなく、代表チーム「赤い悪魔」のスポンサーも長く務めています。2018年のワールドカップの際には、缶やボトルから「Jupiler」の文字を消して、期間限定で「Belgium」と印刷したことが話題になりました。約2億9千万本分の缶・ボトル・グラスが、5か月間だけ国の名前を名乗ったそうです。銘柄名を消しても誰もが「あのビールだ」と分かる——そこまで日常に溶け込んでいるからこそ成立した企画だったのではないかと思います。
「ベルギー=ビール」で終わらせないために
ただ、ここで「ベルギーだからビールなんでしょう」と片付けてしまうのは、少しもったいない気がしています。ベルギーには何百という銘柄があって、修道院ビールや酸味の強いランビックのように、それぞれの土地や歴史を背負ったビールが数え切れないほど存在します。そのなかで、サッカーと結びついたのは最も個性の薄い、最も日常的なピルスナーのほうでした。
これは偶然ではないように思います。サッカーの試合は、特別な日というより「毎週のこと」です。凝ったビールをじっくり味わう時間ではなく、仲間と立ったまま、試合の行方を見ながら飲むための一杯。そう考えると、ベルギーのサッカー文化と結びついたのが「最も特別なビール」ではなく「最も普通のビール」だったことに、この国の試合の見方が表れているのではないかと感じています。
名前を知ると、順位表が少し違って見える
「ジュピラー・プロ・リーグ」という名前は、契約が変われば変わるかもしれない、いわば期限付きの名前です。それでも30年以上続いてきた関係の重みは、単なる広告枠の話には収まりきらないものがあります。
次にベルギーの順位表を開いたとき、リーグ名の先頭にあるあの言葉が、スタジアムの匂いや、代表戦の夜の街の様子まで少しだけ連れてきてくれるとしたら——それだけで、この記事を書いた意味はあったのではないかと思っています。