【下書き】この記事は公開前の初稿です。公開情報をもとにした構成編で、内容の確認をお願いします。

2026年4月、ミュンヘンのバイエルンの練習場に、ベルギーから来た一団の姿がありました。ベルギーサッカー協会のUEFA Proライセンス講習を受講中の指導者たちで、ヴァンサン・コンパニ監督のトレーニングを見学に来ていたそうです。練習後、監督は一人ひとりに挨拶し、時間を取って話をしてくれた、と参加者の一人が地元メディアに語っています。

ドイツで王者になったベルギー人監督のもとを、次の監督の卵たちが訪ねる。この光景を知って、私はあらためて考えました。この小さな国からは、なぜこれほど途切れずに指導者が出てくるのでしょうか。以前の記事「ベルギーの黄金世代」では「選手を育てる仕組み」を辿りました。今回はその隣にある、「指導者を育てる仕組み」を見てみたいと思います。

まず、ヨーロッパ共通の「物差し」があります

出発点はベルギー固有のものではなく、UEFAが1998年に始めた「コーチング・コンベンション」という枠組みです。指導者ライセンスをC、B、A、Proの4段階に整理したもので、UEFAの案内では最低教育時間がC=60時間、B=120時間、A=180時間、Pro=360時間とされています。Proは各国トップリーグで正式に監督を務めるために求められる資格です。

ただし、講習を実際に運営するのは各国の協会です。同じ「UEFA A」でも、どこで、誰が、どう教えるかは国ごとに違います。だから、ベルギーらしさはこの「運営のしかた」に表れているのではないか、と私は考えています。

階段は「二つの言語」で用意されています

ベルギーサッカー協会(RBFA)は、オランダ語圏の「Voetbal Vlaanderen」とフランス語圏の「ACFF」という二つの翼を持ち、指導者養成もそれぞれの言語で組み立てられています。フランドル側の2025-26シーズンの案内を見ると、入門編「Start 2 Coach」(15時間)、「Initiator/UEFA C」(62時間)、ベルギー独自の中間段階「Instructeur」、9月から5月までの「Trainer/UEFA B」、2年間の「Trainer/UEFA A」と階段が続き、その上にUEFA Proが置かれています。UEFA Aは「エリート育成年代」と「シニア」の二つのコースに分かれています。ACFF側も、UEFA C、「Brevet B」という中間資格、UEFA B、UEFA A、UEFA Proという、おおよそ同じ形です。

私が面白いと感じたのは、講習が開かれる場所です。フランドル側のInitiator/UEFA Cの会場には、州ごとに地元アマチュアクラブの名前が何十と並び、曜日も「月曜」「火曜」「日曜午前」といった具合です。仕事や学校のあとに自分の街のクラブハウスへ通えば、階段の一段目に足をかけられるようになっているのです。

大学が「同じ教室」にいる、という特徴

フランドル側の階段には、もう一つ見逃せない相方がいます。「Vlaamse Trainersschool(フランドル指導者学校、VTS)」です。Voetbal Vlaanderenの基礎講習は、ほぼすべてがこのVTSとの共催で行われています。VTSは、フランドル政府のスポーツ機関「Sport Vlaanderen」と、KU Leuven、ヘント大学、ブリュッセル自由大学(VUB)といった大学、体育課程を持つ高等専門学校、公認スポーツ連盟が共同でつくった、スポーツ指導者資格の公的な認定機関です。

そうすると、サッカーの「Trainer B」の講習にも、生理学や心理学、トレーニング理論を扱う競技横断の一般科目(22.5時間)が組み込まれ、そのあとにサッカー固有の技術科目、指導法科目、実習と続く構成になります。KU Leuvenの「サッカーのトレーニングとコーチング」という授業のシラバスにも、実習を条件にVTSのInstructeur B/Trainer Bに位置づけられうる、という一文があります。大学の教室と協会の講習が、地続きになっているわけです。もっとも、これはフランドル側で確認できた仕組みで、ACFF側に同様の大学連携があるかどうかは、今回の調べでは確かめきれませんでした。

「資格は一生、ライセンスは3年」という考え方

もう一つなるほどと思ったのが、「ディプロマ(修了資格)」と「ライセンス」が分けられていることです。Voetbal Vlaanderenの説明文書によると、講習を修了して得たディプロマは一生有効ですが、それに紐づくUEFAライセンスは「取得した年の年末+3年」で失効します。更新には、その間に協会が認めた研修へ参加して「ライセンスポイント」を15点ためる必要があります。夜のオンライン研修や4時間の講座で2点、といった具合です。

だから、ベルギーの指導者はライセンスを持つ限り、3年に一度は必ず「学び直しの席」に戻ってくることになります。学び続けるかどうかを本人任せにせず、制度のほうが定期的に呼び戻す設計なのだと感じました。

ライセンスは資格の証明書というより、「3年ごとに教室へ戻る約束」に近いのかもしれません。ベルギーの指導者は、監督である間ずっと、どこかで生徒でもあり続けているように見えます。

頂点の扉は、かなり狭いようです

最上段のUEFA Pro講習は、二つの翼ではなく協会が全国単位で運営しています。2021年の地元紙の報道では、その年の講習に55人が応募し、席は20しかなかったそうです。当時、協会の指導者養成部門を率いていたクリス・ファン・デル・ハーヘン氏は、応募が多く選考は難しい、最高レベルで現役で指導している人を優先した、という趣旨のコメントを残しています。

一方で、元プロ選手には短縮コースも用意されています。ただしそれは「省略」ではなく「圧縮」で、各段階の試験にはすべて合格しなければならない、と明記されています。

では、なぜ「戦術家」が出てくるのでしょうか

ここまでの仕組みを並べ直してみます。地元クラブの平日夜から始まる裾野の広い階段。大学と地続きの理論教育。3年ごとに必ず戻ってくる更新制度。そして狭いけれども、現場の実績で選ばれる頂点。どれか一つが決定打というより、この一連の流れが、指導者を「たまたま出てくる」ものから「継続的に育つ」ものへ変えていったのではないか、と私は考えています。

もちろん、制度だけでは説明がつかない部分もあります。ベルギーは指導文化の異なるオランダ、フランス、ドイツに囲まれ、指導者が外へ出て学びやすい環境にあります。そして今は、コンパニ監督という現在進行形の成功例が、後に続く人たちの見え方を変えているようです。

冒頭のミュンヘンにいた人たちは、まさにこの階段の最上段を上っている途中でした。そのうちの誰かが数年後、どこかの国のベンチで指揮を執っているとしたら、その背景には地元クラブの月曜の夜から積み上がってきた長い階段があるのだと思います。ベルギーの監督たちの戦術眼は、才能というより、こうした仕組みが少しずつ育ててきたものなのではないか。そんなふうに、私は感じています。

記事一覧を見る →

【出典メモ】UEFA.com「UEFA coaching licences」「Course details: the UEFA Pro diploma」(コンベンション1998年開始、C60/B120/A180/Pro360時間、Pro受講条件)、Voetbal Vlaanderen「Opleidingsaanbod voetbal 2025-2026」ブローシャー(階段構成・時間数・会場・元プロ向け短縮コース・VTSとの共催)、Voetbal Vlaanderen「Trainersdiploma, UEFA-trainerslicentie en UEFA-licentiepunten」(2024-04-16更新版、ライセンス有効期間・15ポイント更新)、Sport Vlaanderen/VTS募集要項(Trainer B・Trainer A Voetbalのモジュール構成)、Vlaamse Schermbond(フランドル・フェンシング連盟)サイト掲載のVTS定義文(Sport Vlaanderen+KU Leuven/UGent/VUB+高等専門学校+競技連盟の共同機関)、KU Leuvenシラバス「Training en coaching voetbal」、ACFF系情報(soccercoachlab.com / entrainement-foot.fr / CEFF.be)、Voetbalkrant 2021-02-10(Pro講習55人応募・20席、ファン・デル・ハーヘン氏コメント)、Voetbalkrant 2026-04-07(Pro講習受講者のバイエルン訪問)、Sporza(バイエルン2025-26連覇)。以上2026-09-05確認。公開前の再確認事項:①ファン・デル・ハーヘン氏の肩書は2021年時点のもので、現在も同職かは未確認、②ACFF側の大学連携の有無(本文では「確かめきれなかった」と明記)、③ACFF側の講習詳細は民間ブログ由来が多いため協会公式で要確認、④Pro講習の応募・定員数は2021年単年の数字で毎年同じとは限らない、⑤コンパニ監督の現所属は2026年4月時点の報道に基づく。