ベルギーの北の国境は、車で走っていると気づかないうちに越えてしまいます。看板の言葉は同じオランダ語のままで、平らな風景も変わりません。それなのに、サッカーの話になると、この見えない線の両側では、どうも育て方の「癖」が違うように感じることがあります。
オランダとベルギーは、どちらも人口の少ない国ながら、ヨーロッパ中のクラブに選手を送り出してきました。だから「育成大国」としてひとくくりに語られることも多いのですが、では実際のところ、両国のアプローチはどこが違うのでしょうか。今回は、その分かれ道を一緒に辿ってみたいと思います。
オランダの土台にあるのは、「ポジション」と「洞察」です
オランダの育成を語るとき、どうしても避けて通れないのが、リヌス・ミケルスとヨハン・クライフから続く「トータルフットボール」の系譜です。選手が流動的にポジションを入れ替えながら、チームとしての形を保つ。そのためには、ボール技術だけでなく、周りを見て次を読む力が欠かせません。
この考え方は、アヤックスの育成組織で使われてきた「TIPS」という言葉に、分かりやすく表れているように思います。Technique(技術)、Insight(洞察力)、Personality(人格)、Speed(速さ)。技術の次に「洞察」が置かれているところに、私はオランダらしさを感じます。個人が相手を抜くことよりも、ボールを持つ前に状況を読み、正しい位置に立っていることを重んじる文化です。
オランダサッカー協会(KNVB)の指導方針も、これと地続きです。協会は「サッカーは、サッカーをすることで学ぶ」という考えを掲げ、1対1、2対2、4対4、8対8、11対11といった簡略化された試合形式のなかで、状況判断ごと技術を身につけていくことを重視してきました。ボール扱いを切り離して反復させるよりも、常に「試合の問題を解く」ことを通して育てる、という発想です。
ベルギーが真ん中に置いたのは、「1対1」でした
一方のベルギーは、2000年代の改革で、はっきりと別のものを中心に据えました。当時協会のテクニカルディレクターだったミシェル・サブロン氏が繰り返し語っているのは、ビジョンの核はデュエル、つまり1対1の勝負と、相手を抜くドリブルの技術だった、ということです。
ここで面白いのは、サブロン氏自身が、アヤックスやオランダ、フランス、スペイン、ドイツの育成を研究したうえで、この結論にたどり着いたと語っている点です。つまりベルギーの改革は、オランダの型を否定して生まれたのではなく、隣国の型を学んだうえで、あえて「個人がボールを持って相手を剥がす力」に重心を寄せた、と見るほうが近いのではないかと思います。4-3-3という共通のシステムを採用しつつ、両翼のウイングには「相手を抜くことが決定的に重要」と位置づけたところに、その意図が表れています。
そうすると、両国の違いは「技術か、フィジカルか」という単純な話ではなくなってきます。どちらも技術を大切にしている。ただ、その技術を「集団の形の中で正しく使うこと」に向けるのか、「目の前の相手に勝つこと」に向けるのか。力点の置き方が、少しずつ違っているのだと感じています。
「誰が舵を取るか」も、少し違います
もうひとつの違いは、育成の主役が誰なのか、という点です。
オランダでは、長らくアヤックス、PSV、フェイエノールトといったクラブのアカデミーが、それぞれの伝統を軸に育成を引っ張ってきました。協会は理念と指導者養成の土台を提供し、現場の色はクラブごとに出る、という関係です。
ベルギーの場合は、協会が一枚のビジョン文書を起点に、ユース年代の試合形式やシステムを国として揃え、さらに外部機関にクラブのアカデミーを監査させるところまで踏み込みました。「黄金世代」の記事で触れた仕組みは、言い換えれば、協会が舵を握って国全体の方向を揃えた改革だったと言えるのではないかと思います。
オランダが、自分たちを見つめ直した年
ただ、ここまでの話は、オランダが動かなかったという意味ではありません。
2014年のワールドカップで3位に入った直後、オランダの関係者は「このままでは国際的なトップから取り残されるのではないか」という危機感を共有し、その年の12月に会議を開いています。そこから生まれた「Winnaars van Morgen(明日の勝者たち)」という計画では、これまで十分に扱われてこなかった「守備」を、チームとしても個人としてもきちんと教えること、そして「勝ち方を学ぶこと」を育成のなかで重く扱うことが掲げられました。守備の1対1を改めて育てようという方向は、ベルギーの改革と、どこか重なって見えます。
試合形式についても、オランダ協会は2017-18シーズンから、小さい年代に6人制を、その翌年には8人制を段階的に導入し、幼い年代では順位表を公表しない方針も打ち出しました。子どもがボールに触る回数を増やしたい、という理由は、ベルギーが十数年前に踏み出したときの理屈と、ほとんど同じです。
分かれ道は、また交わりはじめているのかもしれません
さらに近年は、逆方向の流れもあります。ベルギーは、生まれ月や体の成長の遅れで見過ごされがちな選手のために、生物学的な年齢で編成する「Future Teams」という代表チームを設けてきました。協会の指導者養成の責任者は、まだ熟していない「青いバナナ」を焦って捨てない、という言い方をしています。そしてオランダ協会も、2021年に同じ問題への解決策を広く募り、この「Future Teams」の考え方を取り入れたと報告されています。
こうして並べてみると、オランダとベルギーは、「型」を持つ国と「1対1」を選んだ国という違いを保ちながら、互いの良いところを少しずつ借り合ってきた隣人同士なのだと感じます。国境の看板が変わらないのと同じで、育成の思想も、どこかで静かに混ざり合っているのかもしれません。
ジュピラー・プロ・リーグで、若いウイングがためらいなく仕掛けるのを見るとき、あるいはエールディヴィジで、若いボランチが一度も慌てずにボールを受け直すのを見るとき。その小さな癖の違いの奥に、二つの国が選んできた道筋が流れているのではないかと、私は思っています。