夏の終わり、ベルギーのクラブの公式SNSに「ありがとう、そして幸運を」という投稿が並ぶ季節があります。昨シーズンまでスタジアムで見ていた選手が、気づけばミラノやロンドンのユニフォームを着ている。その一枚の写真の裏で、実際にはいくらのお金が動いているのでしょうか。
このサイトではこれまで、ベルギーリーグを「経由地として構造化されたリーグ」として見てきました。今回はその「出口」に立って、金額の相場感だけに絞って眺めてみたいと思います。仕組みの話は以前の記事に譲り、ここでは数字を並べることに集中します。
いま、いちばん高い出口はいくらか
まず、近年の代表的な高額売却を並べてみます。いずれも複数の報道で確認できた範囲の金額です。
- 2026年7月:クリストス・ツォリス(クラブ・ブルッヘ → アーセナル)。約3,400万ポンド、ユーロ換算で約4,000万ユーロと報じられ、ベルギーリーグからの売却として史上最高額とされています
- 2025年8月:アルドン・ヤシャリ(クラブ・ブルッヘ → ミラン)。3,600万ユーロにボーナスが加わる条件と報じられ、当時のベルギー記録でした
- 2022年:シャルル・デ・ケテラーレ(クラブ・ブルッヘ → ミラン)。基本3,200万ユーロ前後、ボーナス込みでそれ以上と報じられています
- 2020年:ジョナサン・デイヴィッド(ヘント → リール)。報道によって2,700万〜3,000万ユーロ台と幅があります
- 2020年:ジェレミー・ドク(アンデルレヒト → レンヌ)。2,600万ユーロと報じられ、当時のアンデルレヒト史上最高の売却でした
こうして見ると、「ベルギーの頂点クラスの売却=3,000万〜4,000万ユーロ」という水準が、ここ数年で少しずつ切り上がってきた、という感覚がつかめるのではないかと思います。一方で、五大リーグの内側で動く1億ユーロ級の移籍とは明らかに桁がひとつ違う。ここが「経由地」としてのちょうどよさなのかもしれません。
リーグ全体では、年に3億〜4億ユーロ
個別の選手だけでなく、リーグ全体の合計も見ておきたいところです。2025年夏の移籍市場では、ベルギー1部クラブの売却総額が3億8,100万ユーロに達し、前年(約3億1,400万ユーロ)を上回る過去最高だったと報じられています。この夏はヤシャリのほかにも、2,000万ユーロを超える金額でプレミアリーグへ移った選手が複数いた、とされています。
ただし、ここは正直に書いておきたいのですが、この数字はかなり年によって振れます。目玉選手が一人いるかどうか、買い手側のプレミアリーグの財布の具合はどうか、その年の為替はどうか。そうした要因で、同じ「好調な年」でも数千万ユーロ単位で上下してしまう。だから「毎年3億ユーロ台後半が当たり前」と受け取るのは少し早く、「近年はそのくらいの規模になってきた」程度に見ておくのがよさそうだと感じています。
日本人選手の場合は、どのくらいか
では、日本人選手がベルギーの出口を通るとき、金額はどうなっているのでしょうか。ここも報道ベースで並べてみます。
- 2022年:伊東純也(ヘンク → スタッド・ランス)。約1,000万ユーロと報じられました(なお伊東選手は2025年にヘンクへ復帰しています)
- 2023年:上田綺世(セルクル・ブルッヘ → フェイエノールト)。基本900万ユーロ、出来高込みで最大1,000万ユーロと報じられ、セルクルにとって史上最高の売却とされています
- 2024年:鈴木彩艶(シント=トロイデン → パルマ)。最大で17億円程度と報じられています
興味深いのは、上田選手のケースです。鹿島からセルクルへ移った際の移籍金は130万ユーロ程度と報じられていますから、ベルギーでの1年半ほどで、クラブにとっての「値札」が7倍前後になった計算になります。数億円で入り、10数億円で出ていく。これが日本人選手にとってのベルギーの出口の、ひとつの典型的なかたちなのではないでしょうか。
Jリーグから直接、欧州へ行く場合と比べると
比較のために、Jリーグから直接欧州へ渡る場合の相場も置いておきます。長らく最高額とされてきたのは、2001年に小野伸二選手が浦和からフェイエノールトへ移った際の約550万ユーロでした。それを2025年、高井幸大選手の川崎フロンターレからトッテナムへの移籍(約500万ポンド、日本円で約10億円と報道)が上回ったと伝えられています。
つまり、Jリーグからの直接移籍は、いまでも「最高額で10億円前後」という水準です。Jリーグ全体で見ても、2024年度に全クラブが受け取った移籍補償金等の合計は約100億円(連帯貢献金なども含む数字)と開示されています。ベルギーの1クラブが一人の選手で受け取る3,600万〜4,000万ユーロ(単純に換算すれば60億円を超える規模)と並べると、リーグ全体の年間合計の半分以上を、一人の売却が上回ることがある。この落差が、そのまま両リーグの「市場での立ち位置」の差になっているのだと思います。
数字の向こうにあるもの
金額を並べてみて、私が感じたのは、ベルギーの出口は「安く仕入れて高く売る」だけの場所ではなさそうだ、ということでした。ジョナサン・デイヴィッドもドクも、ベルギーで初めてトップリーグのフル出場を積み、その姿がスカウトに見えたからこそ、あの金額になった。日本人選手についても同じで、伊東選手や上田選手の金額は、ベルギーでの実際の出場と数字があって初めてついた値札です。
その意味で、移籍金の相場は「クラブの儲け」の話であると同時に、「そこで積み上げたプレーが、欧州の市場でどう評価されたか」の話でもあるのだろうと思います。来シーズン、スタジアムで見ているあの選手に、いつかどんな値札がつくのか。そんな目線で試合を眺めてみるのも、このリーグの楽しみ方のひとつなのではないかと思っています。